あらまほしき研究者~第2話 生きる力  2010/06/07

 爆発という研究領域に携わっているため、私の研究室は研究本館から離れた別棟にある。今年の春、この別棟の芝生に何本か、ノビルが生えているのに気が付いた。おそらく、工事の関係で芝を変えたためであろう。つくばではノビルは4月が旬で、軽く湯通しして酢味噌で食べるととてもおいしい。エシャロットを柔らかく甘くしたような味で、食べられる野草というよりは、おいしい野菜というべきである。別棟脇のノビルはトイレの横&芝に除草剤がかかっているかもしれないということもあって食べなかったが、つくばでは河原で普通に見られるため、毎年、時季限定で食べる。

 今回の話題は「生きる力」である。果たして、道行く研究者の内、何人がこのノビルの存在に気づいているだろうか?また、ノビルを食べたことがある研究者は?おそらく一割もいないのではと思う。さて、ここで問題です。「産総研の敷地内で食べられる植物、できるだけ多く答えよ」。このコラムをご覧の方、いくつ挙げられますか?簡単なのはタラの芽だろう。スーパーでも売っているし、あの独特のトゲの木を知っていれば探すのは難しくはない。むしろ、目立ちすぎて産総研内でも乱獲されている。困ったものだ。フキノトウとフキは独特の形状だから見つけるのは簡単だ。三つ葉とニラも楽勝ですよね?ワラビを採っている方を外周道路でよく見かける。しかし、産総研内は土がやせているので茎が細い。プロの私としては「わざわざ採って食べる価値のない」という評価だ。(ワラビは県北の里美村あたりのものが太くておいしい。ゴールデンウィークの頃がちょうど旬なので、毎年1回だけ採って食べる。)大きな葉のウドもある。私はあまり好きではないが母が好きなので何度か、食べた。天然のウドは食べられる部分が少ないが香りが鮮烈だ。この他、小さすぎる栗、とても酸っぱいヤマモモ、むかごと山芋などなど。ツバキの花の蜜、これも正解であろう。キノコの類まで範囲を広げると更におもしろい。問題なく食べられるのはキクラゲだ。春過ぎの雨上がり、第5事業所の本館脇の切り株に大量発生する。舌触りがとてもなめらかで、良いだしもでる。しかし、ほとんどの研究者は気が付かない。土日が過ぎるとキクラゲはなくなる。地元の方が採っていくからである。「生きる力」という点では研究者よりも地元の方のほうがはるかに格上だ。他にもいろいろなキノコを採っているようだ。秘中の秘といえば、アミガサダケであろう。フランスではモリーユと呼ばれている高級食材である。産総研のある一角に生えることを確認した。「食べてみたい!」という強い好奇心に駆られるが、妻の強い反対で実現していない。

 「生きる力」がもっとも不足しているのは研究者であろう。「ゆとり教育」といいながら、ゆとりなく育ってしまった最たる人たちである。周りにいじめられることを覚悟の上で文部科学省の答申の一部を紹介しよう*。

 「我々はこれからの子供たちに必要となるのは、いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性であると考えた。たくましく生きるための健康や体力が不可欠であることは言うまでもない。我々は、こうした資質や能力を、変化の激しいこれからの社会を[生きる力]と称することとし、これらをバランスよくはぐくんでいくことが重要であると考えた。」とある。今般、人も予算も削減の一途で、疲れて夢を失いつつある研究者には重い言葉である。

 幸いにして私は豊かな自然に恵まれて原始人のような母から実地で「生きる力」の指導を受けた。また、教わったことを3人の我が子に伝えた(つもりである)。「生きる力」を持った大人になって欲しい。ちなみに、私が産総研内の食べられる植物に詳しいのは食材探しが目的ではなく、VDT作業(パソコン作業)の疲れを癒すために外に出るからである。忙しいときほど、その回数は増える。VDT作業間の休憩は労衛法でも認められている。まずは外に出て緑に親しむことをお勧めしたい。ゆとりを持って!

*: 「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」、文部省中央教育審議会第一次答申(1996)